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東京地方裁判所 平成12年(ワ)11240号 判決

原告 森田邦彦

原告 森田禎子

被告 東京都住宅供給公社

右代表者理事長 青山〓

右訴訟代理人弁護士 高瀬迪

右訴訟復代理人弁護士 高瀬靖生

佐藤雅彦

井手慶祐

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、それぞれ金六〇〇万円を支払え。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二事案の概要

一  本件は、被告が運営するケア付き高齢者住宅である「明日見らいふ南大沢」について被告との間で入居契約を締結した原告らが、介護保険法の施行により原告らが同法第九条第一号に規定する被保険者となったことによる入居契約の失効及び入居契約の性質について原告らに要素の錯誤があったことによる入居契約の無効を主張し、入居契約に基づいて被告にそれぞれ支払った六〇〇万円の前払介護費用について不当利得に基づく返還を請求する事案である。

二  争いのない事実

次の事実は、当事者間に争いがない。

1  (本件入居契約の締結)

原告らは、平成八年四月八日、被告との間で、被告が運営するケア付高齢者住宅である「明日見らいふ南大沢」(所在地 東京都八王子市南大沢三丁目一六番一号)について、次の内容の入居契約(以下「本件入居契約」という。)を締結した。

(一) 原告らは、その専用住戸、共用部分及び共用施設を終身利用することができるとともに、被告の提供する介護サービス、生活利便サービス、アクティビティーサービス、食事サービス、健康管理サービス、安全管理サービスを受けることができる。

(二) 原告らは、被告に対し、施設の終身利用権の対価として入居金、介護サービスに要する費用として介護費用、介護サービス以外のサービスに要する費用として管理費をそれぞれ支払う。

2  (前払介護費用の支払)

原告らは、平成八年五月二三日、被告に対し、本件入居契約に基づき、介護費用としてそれぞれ金六〇〇万円を支払った(原告らが被告に対して介護費用として支払った右各六〇〇万円を以下「前払介護費用」という。)。

3  (介護保険法の施行とその効果)

平成一二年四月一日から介護保険法が施行され、原告らは、介護保険法第九条第一号に規定する被保険者(以下「第一号被保険者」という。)として保険料を徴収されるとともに、保険給付の対象となる介護サービスに要する費用についてその一割を利用者として自己負担することになり、前払介護費用のほかに介護保険料及び保険給付額の一割を負担する状態となった。

一方、被告は東京都から指定特定施設入所者生活介護事業者の指定を受けて特定施設入所者生活介護(介護保険法第七条第一六項)という介護保険制度上のサービスを提供し、原告らが要介護者として右サービスを受けた場合には、原告らに代わって保険者から介護保険給付の支払を受けることができることになった。

三  争点

1  介護保険法の施行により本件入居契約の効力が失われたかどうか。

(原告らの主張)

本件入居契約に基づき被告が原告らに提供することを約したサービスのうち、介護サービスは、前払介護費用で賄われるが、その重要部分は、要介護状態になったときの介護サービスである。そして、原告らは、前記のとおり、介護保険法の施行により、第一号被保険者となったから、本件入居契約に基づき提供されるべき介護サービスは、介護保険法による保険給付の対象となった。したがって、原告らと被告とが介護保険法の施行前に締結した本件入居契約中、介護サービスに係る部分は、効力を失ったものである。

よって、前払介護費用の支払については、その法律上の原因が失われたものであり、被告は、これを不当に利得しているから、原告らは、被告に対し、不当利得の返還として前払介護費用の支払を求める。

(被告の主張)

国が介護保険制度を創設し、原告らが第一号保険者として加入したことによって、法律上当然に原告らと被告との間の本件入居契約の効力が失われることはないのであり、そのような法律効果を生じさせる特別の規定も存しない。

よって、被告は、本件入居契約という法律上の原因に基づいて前払介護費用の給付を受けたものであるから、原告らの右主張は、失当である。

なお、前払介護費用と介護保険給付の調整問題に対する被告の対応は、次のとおりである。

明日見らいふにおいては、各入居者から介護費用として一人当たり六〇〇万円を入居時に徴収しているが、介護保険法の施行により、被告が指定特定施設入所者生活介護事業者として、要介護認定を受けた要支援者及び要介護者に対し介護サービスを行う場合、介護保険がなければ入居者から徴収済みの介護費用により賄える予定であった介護サービスの一部について、介護保険給付が行われることになる。

そして、被告が介護保険法第四一条第六項(同法第五三条第四項において準用する場合を含む。)の規定により介護保険給付を代理受領する場合、前払介護費用との間で重複が生じることになるため、被告と入居者との間で介護費用の調整が必要となった。

そこで、被告は、平成一一年八月二五日以降平成一二年七月一四日までで延べ一六回もの入居者説明会を開いて説明及び協議を行い、具体的な調整方法を提示したが、現在のところ、原告らを含む入居者との間で最終的な合意に至っていない。そして、そのため、被告は、介護保険給付を代理受領していないから、不当利得の問題は、生じない。

2  本件入居契約が原告らの錯誤により無効であるかどうか。

(原告ら)

被告は、平成一一年一二月一三日付けの介護保険ニュース第六号で、前払介護費用は、入居者の皆さんから相互扶助的に拠出していただくという考え方の下にシュミレーションを行い、入居者一人当たりの負担額を算出したものであることを記している。しかしながら、本件入居契約は、個々の入居者と被告とが一対一の関係で締結したものであることは契約書の文言上明らかであって、入居者間の相互扶助契約ではない。

そこで、被告が前払介護費用の給付を相互扶助的な考え方に基づく入居契約によって受けたものであると主張するのであれば、本件入居契約は、法律行為の要素に錯誤があることになるから、本件入居契約は、錯誤により無効である。

よって、前払介護費用の支払については、その法律上の原因が失われたものであり、被告は、これを不当に利得しているから、原告らは、被告に対し、不当利得の返還として前払介護費用の支払を求める。

(被告)

被告が前払介護費用の額を算出するに当たって入居者から総合扶助的に拠出していただくという考え方の下にシュミレーションを行ったからといって、本件入居契約の性質自体が入居者間の相互扶助契約となってしまうものではない。本件入居契約は、あくまでも被告と各入居者との関係で締結されたものであり、この点について原告らには、何らの錯誤も存しない。

したがって、本件入居契約が無効となることはないから、不当利得に基づく原告らの主張は、失当である。

理由

一  争点1について

原告らは、介護保険法の施行により、原告らが第一号被保険者となり、本件入居契約に基づき提供されるべき介護サービスは、介護保険法による保険給付の対象となったことを理由として、本件入居契約中、介護サービスに係る部分は、効力を失ったと主張する。

しかしながら、介護保険法の施行により原告らが第一号被保険者となり、本件入居契約に基づき提供されるべき介護サービスが介護保険法による保険給付の対象となったことから、本件入居契約中の介護サービスに係る部分の効力が当然に失われることを認めるべき法律上の根拠はない。また、原告ら主張のように、前払介護費用の支払と介護保険法による保険給付との間で重複の問題が生じ、これにより被告に利得が生ずるとすれば、この点について不当利得その他の法理により解決すべきものと考えられるところであって、右のような事態が生ずる可能性があることを理由として本件入居契約中の介護サービスに係る部分が法律上当然に効力を失われるものということはできない。

よって、争点1に関する原告らの主張は、採用することができない。

二  争点2について

原告らは、本件入居契約は、個々の入居者と被告とが一対一の関係で締結したものであり、入居者間の相互扶助契約ではないとし、本件入居契約には、法律行為の要素について錯誤があると主張する。

しかしながら、前記争いのない事実によれば、本件入居契約は、原告らと被告とがそれぞれ契約当事者として締結したものであり、明日見らいふ南大沢の入居者間の相互扶助契約ではないことが明らかであり、本件入居契約について、原告らに法律行為の要素について錯誤があったことを認めるに足りる証拠はないから、争点2に関する原告らの主張は、採用することができない。

三  結論

よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから、棄却する。

(裁判官 柳田幸三)

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